「ありがたい」について

最近読んだ本に「ありがたい」を漢字で書くと、「有り難い」となる。つまり、なかなか有りえない事、めったに無いことが、「ありがたい」の語源である、ということが書かれていました。

 

他人から親切にしてもらうことが、よほど珍しいことだったから、という解説もありますが、もともと単に「有りえないこと」を言っていただけなのに、いつの間にか感謝の言葉として用いられるようになったという解説もあります。

 

さて、中国の古い言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があるのですが、現代の言葉で解説すると、「見ただけでうかがい知ることができるものは神様に等しい力をもっている」という意味にとらえている解説書が多々見られます。

 

この言葉は、東洋医学の診察法である「望診法」の説明とされています。

 

ですが、この言葉の成立年代は紀元前であって、調べてみるとその当時の「神」という言葉の意味には現代でいうところの神様という意味は含まれておりません。

 

いまでこそ、「神」といえば日本においては「神様、仏様」というイメージですが、当時はそんな意味では使われていなかったはずなんですね。

 

ではこれってどのような意味だったのか。それは想像するしかないのですが、確かに当時でも「神」と言う言葉は「人知を超えた不可思議な力、働き」に近い意味であったろうとは思われます。

 

でも今でいう神様より、もっと身近な「自然の法則、自然の働き」のような意味で捉えられていたらしいのです。

 

ですから「望んで知る、これ神」の意味は「見ただけで、患者の体が自然の理から逸脱している箇所がわかる」ということになるでしょうか。

 

もう少し分かりやすく言うと、「望診で、気が乱れているところを感知できる」ということです。

 

ここでいう「気」とは自然の理そのもののことです。

 

 

当時の「神」は超常的な能力ではなく、もっと現実的な自然の法則を良く理解するものに対する敬意のような用いられ方をしていたはずです。

 

それが、年代が下がると呪術師のような方が自然(神)の信託を言い伝えるようになり、それに対して用いられるようになり、さらに年代が下がると、また別に意味に用いられ、といった風に、成立当時の言葉と同じ発音、同じ表記であってもまったく違う意味で使用されていることがあります。

 

古典などを読み解く難しさはこのあたりにあるのでしょうね。

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アラフォー主婦で、やんちゃな小学生男子を育てながら、毎日走り回ってます(笑)

いまから5年前に整体院を開業しました。

 

最初は整体スクールで技術を学んでも現場では効果をだせず、開業したとしてもこれではやっていけないだろうと思っていました。

ところが、「自然効能理論」を学んでからすべてが変わりました。

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整体「きこう堂」院主 山田あきこ

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